『甲骨文字小字典』

落合淳思 『甲骨文字小字典』

これまた長いこと積読状態だったものをぼちぼち解放。

甲骨文字とは3000年以上前、古代中国の殷代に使用されていた文字で、現在我々が日常で使用している漢字の原型でもある。紙のなかった時代に、亀の甲羅や牛の肩甲骨などに文字を刻んだためにこう呼ばれる。本書はその甲骨文字の字典である。タイトルに「小」とついていることからもわかるように、本来およそ4500字あるという文字種の中から、現代の日本人が比較的早い段階で習う約350字に絞って解説されている。一例を挙げると、今年の漢字に選ばれた「災」の字。この字は元来水の流れ(水害)を表す「巛」だけからなる象形文字であったが、やがて火災を表す「火」を加えた会意文字が作られ、これが楷書に継承されたという。古代中華文明は黄河中流域で発展したため、殷代の頃は黄河の氾濫が災害の象徴とされていたのだろう。ちなみに殷代には甲骨を使用した占卜が盛んに行われ、その結果によって政策や軍事行動の是非を決するという、一見原始的な手法が取られていたが、これまでに出土した甲骨とそれを記録した甲骨文字からは、明らかに結果を改竄したものが発見されており、実際には予め結果の定まっていた事柄を、占卜という神聖儀式を利用し、政治をコントロールするための手段としていたことが分かっている。このあたりはさすがに中国人。3000年前から抜け目がない。350字とは物足りない風に感じられるかもしれないが、単なる趣味人である私にはこれでも十分な内容で、たまに手に取ってパラ読みするだけでもかなり楽しく、為にもなった。落合氏は本書の後、収録数を1777字に増やした『甲骨文字辞典』を著しているので、いずれはそちらの方も読んでみたい。