『倭国伝』

藤堂明保・竹田晃・影山輝國訳註 『倭国伝 中国正史に描かれた日本』

中国の正史として初めて倭国に関する記述が登場した『後漢書』から、清代に編纂された『明史』に至るまでの、中国側から見た日本通史。
宋代、日本の使僧奝然を引見した太宗が、内乱続きで王朝が頻繁に交代し、そのつど支配層が入れ替わる自国と比べ、日本の皇室が万世一系であり、群臣の官職もみな世襲であることを聞かされると、日本を東夷と蔑みつつも、「それが古の理想の道である」と嘆息したという話は、太宗自身が梟雄タイプの野心家で、兄や甥の死に関して疑惑を持たれている人物だけに面白かった。
また、南朝征西大将軍懐良親王が、明の太祖洪武帝からの高圧的な使者に対して一戦も辞さない覚悟で臨み、これを追い返して(それだけが理由ではないにせよ)東征を断念させたという話は痛快であった。もっともその後、日本の対明外交は苦労したようだが。
ひとつ気になったのは、『後漢書』から、宋代に著された『新唐書』に至るまで、すべて「倭は女が多く男が少ない」と書かれてあったこと。何か含みがあるのだろうか。