『フランス敗れたり』

アンドレ・モーロワ 『フランス敗れたり』

WWIIにおけるフランスの敗因をさまざまな観点から分析した一冊。
ヒトラー政権誕生時から、失地回復と生存圏獲得のための体制を着々と整えていたドイツと比較して、同時期のフランスは内閣がたびたび交代し、政治家どうしが互いに足を引っ張り合い、軍人はマジノ線の防御力を過信し、マスコミには危機感がなく、あらゆる面で冷静な国際情勢の判断力を欠いていた。戦争を回避、あるいは自国にとって有利な開戦時期の機会があったにもかかわらず、それらを見逃し続けたのである。
1939年9月にドイツ軍がポーランドに侵攻すると、ポーランドと安保条約を結んでいた英仏はドイツに宣戦布告し、WWIIが始まるが、ポーランドは1ヶ月でドイツに征服され、独ソ不可侵条約の秘密協定に則って独ソ両国に分割占領された。
この間、英仏はドイツに対して積極的な攻勢はかけず、ドイツがポーランド戦に使用した兵力を西方に移送している際にも手を出さなかった。実はポーランドはドイツの想像以上に善戦しており、人的損害はともかく軍需物資、とくに銃砲弾と爆弾の消費量は独軍上層部の予測をはるかに上回るものであった。
このため、ヒトラーは物資の補充、さらに冬季の悪天候を考慮し、フランスに対する早期攻撃を諦め、以後約半年間、西部戦線において両陣営は国境沿いに対峙したまま動かないいわゆる「フォニー・ウォー」状態に入る。
そして翌年5月、西方戦役が始まると、ドイツ軍はマジノ線を迂回して戦車を中心とした軍団で「歩兵による進軍は不可能」という旧来の認識から、フランス軍がほぼ無警戒だったアルデンヌの森を突破し、またたく間にフランス本土へなだれ込む。マジノ線に配置された守備隊はドイツ軍の予想外の動きに迅速な対応ができず、結果わずか6週間でフランスは降伏に追い込まれることとなったのである。
当時のフランスは、人口の減少、周囲に潜在的敵国が多いという点、また政治家やマスコミの質、危機管理能力の甘さという面で現在の日本と似通った部分がある。戦争や軍備という言葉に妙な拒否感と固定観念を持っていることもそうであろう。本書の内容は日本人にとって決して遠い国の昔の出来事ではない。崇高な理想を掲げた憲法は大いに結構であるが、日本が一方的に戦争を放棄しても、戦争は日本を放棄してはくれず、専守防衛など、こちらを軍事力で打倒しようと入念に計画している相手には効果が薄いということを、多くの日本人は知っておくべきだろう。
高名な作家・文芸評論家であったフランス人の著者は、ウィンストン・チャーチルと面識があった。戦前、小説ではなくドイツ軍の脅威とフランス空軍の強化を国民に訴えるような論評を書くべきだと勧めるチャーチルに、著者は否定的な態度を取るが、そうした彼に対しチャーチルは次のように語ったという。
「文化や文学は確かにいいものに相違ないが、力を伴わない文化は、明日にでも死滅する文化となってしまうだろう」
モーロワがこの書を著したのはフランス降伏後、アメリカに亡命してからのことであった。