『渚にて』

ネビル・シュート 『渚にて

べつにそういう願望があるわけではなく、好きで収集したわけでもないのですが、私、何故か「地球人類滅亡」を描いたお話を少なからず所有しております。

そんな中で、一番のお気に入りにして読後感が涼やかだったのが本作品。このテの小説としては、おそらく世界で最も有名と思われるので、今更紹介するのも気が引けるのですが、一応述べておきますと、全面核戦争による人類滅亡をテーマにしたお話です。他にも新井素子さんの『ひとめあなたに…』とか J・G・バラードの「破滅三部作」など、心惹かれる良作はあるのですが、何故本作が一番なのかというと…

 

「登場人物の言動がみな美しい」

 

これ。これに尽きます。

既読の作品の中には、戦争あるいは災害によって世界秩序が崩壊し、警察力と法の縛りが消滅したことで、生き残った人々の一部が暴徒化して女子供に凄惨な虐待を加えたり、他民族や特定の宗教の信者を殺戮して回るといったような、読んで後悔するほど鬱要素満載のものもありました。現実を見ても、無政府状態に陥ったり、一国の指導者が兵士や民衆を扇動した結果、人類が簡単に堕落してしまうことは、歴史上多くの実例があるので、残念ながらこうした内容を否定はできません。というより、本当に世界中がそのような事態になれば、間違いなく悲惨な出来事が広範囲で頻発するでしょう。

しかし、本作において著者は、そうした要素を一切排除しています。もちろん意識的に。本作の舞台は南半球のオーストラリアであり、登場人物はみな、人類滅亡に対して何ら責任はないにも関わらず、核兵器を使用した大国を声高に非難することなく、取り乱すこともなく、法と秩序を守り、運命を受け入れ、静かに死んでゆきます。巻末の解説で、まるでユートピア小説のようだ、と評されていましたが、これはとても的確だと思いました。戦争後の彼らの世界、彼らの真摯さ、気高さが非現実的で美しいからこそ、却って事実に即した凄惨な物語よりも、長期にわたって多くの人々に受け入れられてきたのだと思います。

これからもずっと読み継がれていって欲しい一冊です。